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カガクシンコー その二

  • 2008-11-21 (金) 2:05
  • 雑記

どうも宗教と云うと、なんでもかんでも危ないカルトシンコーシューキョーの如く捉える風潮がある…んじゃないか、とちょっと思っている。

先日TB記事を書かせていただいたchnpkさんのブログ「よそ行きの妄想」にて、
宗教と科学と疑似科学とニセ科学について
科学と疑似科学の違いってそんなに重要か?
などのエントリで、軽くコメント欄が熱い。で、最新エントリは
脱魔術化の無限後退を体感してみた
なのだが、なんとなく氏のなかで論が一通りまわったように感じる。

一方、地下猫氏は
書き換え可能の神話としての自然科学
を最新エントリに、また
ニンゲンは賭けをする。そのとき科学は宗教になる。
では、上記したchnpkさんのエントリにも言及している。

当ブログでも
科学シンコー
で、同様の議論を試みていた。

普段は疑似科学批判を試みている私だが、一方、宗教や信仰に対する謂れのない中傷に対してはやっぱり批判で返したりしてきた。なんだか「科学は優れている。宗教?バカじゃね?」みたいな、そういう認識があるように思えて仕方がないので、ついつい反応してしまうのである。

ツールとしての有用性、学問としての将来性、ジンルイ文明の根底を成す客観的信憑性において、自然科学の右に出る知はないだろう。また、科学をするために必要となる「科学的方法論」による懐疑する心や自己批判、エラー修正、二重盲検による対照実験など、その方法論を知り少しでも身に付けておけば、科学の専門家であらずとも溢れる情報に対して慎重かつ賢明な判断を保てるようになるのではないか、だから、確かに科学は役に立つ、とはっきり思う。
しかし、一般的なフツーのひとびとにとって、科学は信仰と同じじゃないのか?
この言明に「そんなはずはない!」と断言できるだけの論拠が、どこかにあるのだろうか。

私が「わからん」のは、突き詰めると科学とニセ科学と宗教の違いだ。3つとも同じに見える。要は人間が信じるか信じないかというだけでしょという点において。宗教も科学も、人間にあたかも世の中に客観的な真理があるかのように思わせる手段に過ぎない。

と述べるchnpk氏はかなりの範囲で正しい。
wikiにある『信仰』の説明序文
信仰(しんこう、英語 faith)とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認すること。』
を私は気に入っているのだが、「見えない事実を見ようとする態度」が信仰および宗教者のあり方であるなら、「見えるものをさらに詳細に見る態度」が科学なのであろう、と私は思う。まさに、そこにいて立ち続ける限り、明らかに「平らに見える」地面を、遠くを見たり海の向こうから現れる船や太陽を眺め「いや、地面は丸いのではないか?」と懐疑し、証拠を集めて検討することが科学なのだろう。

そして、意図せずして科学的に行われた私の疑似科学批判もまた疑似科学に陥る。これを脱するには自らが疑似科学である可能性に常に科学的に言及しなくてはならない。さらに言えばここで行われる科学的言及もまた疑似科学化する。

ん~…確かに、専門家以外は盲信に近い状態で知を受け容れるしかないように見える科学的知見と我々との関係は、宗教や信仰に見える。だけど「盲信だから宗教」「疑わないから信仰」と云われると、いや、云いきられると、それもやっぱり違うだろう、と思わざるを得ない。それはまるでカルトだ。思考停止やマインドコントロールが宗教や信仰ではない。
信仰の対象は決して見えないものかも知れないけれど、それを「見た」と結論した瞬間、カルトに陥るのだ、と私は思う。聖人認定や教祖宣言は、それを認めた瞬間から信仰ではなく権威となる。
盲信を求めるのは信仰でも宗教でもなく、権威なのだ。

権威は利権を生み、国家の基盤となる。だから歴史は宗教を国家の「装置」として利用した。それを受け継いだ結果、宗教も権威と化し、信者に盲信を求めるようになった。カルトが見事な集金マシーンとなりやすいのは、この性質をいいとこ取りで寄せ集め、過剰なまでに回転させるからだ。しかしやっぱり、それは宗教でも信仰でもないのだ。

信仰の中にも懐疑や批判は歴然とある。
生きながら仏には決してなれない、だけどそれを目指すのが禅宗などで求める即身仏だ。(即身成仏はまた別の概念)
ここで求められるのは「死を超える」ことであり、当然、ミイラになってしまえばこの世にはいられない。ゆえに、なにが見えたのかは本人にしか分からないし、確かめることもできない。しかし、確かにミイラになった本人は、なにかにしろ見たり感じたりはするのだろう。(別に神や仏を見るとは限らない)

疑似科学を批判することも、疑似科学批判を批判することも、すべて「科学的方法論」に従うほかにない。それらが再批判にある契機とは、その主張・言明が科学的方法論からはずれ、明確な間違いを認めず、分からないことを「分かった」と強弁したときなのだ。ここに、科学と疑似科学の「主張そのもの」には、実は線引きなどできないという重大な事実がある。疑似科学とは「見えてもいないものを見えたと主張して譲らない態度」なのである。それはもちろん、健全な宗教からも排除される矮小な知の閉塞状態なのである。

Comments:4

僕は理系 08-11-21 (金) 3:08

>人間にあたかも世の中に客観的な真理があるかのように思わせる手段
「なぜ人間が真理だと思うのか?」
という点が重要なんじゃないですかね?
もちろん、「科学だから信じる」という人は多いと思いますけど・・・

>科学と疑似科学の「主張そのもの」には、実は線引きなどできないという重大な事実がある。
「線引き」ってなんですか?

NAN 08-11-21 (金) 17:39

僕は理系さん、はじめまして。

>「なぜ人間が真理だと思うのか?」
>という点が重要なんじゃないですかね?

それ以前に、「ニンゲンはシンりとやらを求めたがる」ところを言及しないとならないでしょう。
そこで、真理とはなんだろう?となる感じです。
私はこぉいうヤツなので「真理とはただの論理的正しさ」であって、どうでもいいもの、としか思っていませんが。
もっとも、たいていの「真理」とは「正義」と同じく、見えざる自己正当化への回帰運動だろう、と私は思います。

>「線引き」ってなんですか

科学と疑似科学をどこで線引きするの?ということです。

僕は理系 08-11-22 (土) 0:25

こんばんわ。

真理とやらを求めるのは、
生活するのに必要だからという側面が大きいかもしれませんね。
で、我々は少なくとも
何かを真理だと信じて生きてるような気がします。

そうであれば、人間は何を根拠に「あることを真理だ」と信じるんですかね?
というのも
>人間にあたかも世の中に客観的な真理があるかのように思わせる手段
と書かれています。
催眠術というのもその1つの方法かもしれません。
宗教にしろ、科学にしろ、我々は何かを判断して、真理かどうかを吟味するわけです。

そのプロセスを明確に記述できるといいかもしれませんね?

>科学と疑似科学の「主張そのもの」には、実は線引きなどできないという重大な事実がある。
>科学と疑似科学をどこで線引きするの?
実は、科学と疑似科学は定義から違うものです。
科学の定義は自分で調べて頂きたいのですが、
科学が定義されると、非科学が定義されます。
疑似科学は必ず非科学に入ります。
もし、科学に疑似科学が入っていれば、それは疑似科学とは呼べません。
従って、疑似科学は必ず非科学なのです。
「重大な事実」と書かれていますが、それは誤りです。

一方、注意すべき点は、
人間にとって、科学と疑似科学の境界を現実的に描き出せるか?
と言われると疑問が残ります。
例えば、次から次へと疑似科学が沸いてでてくる状況に
いちいち専門家がこれは科学的に正しい、これは間違っていると検証するのは
社会的コストが大きすぎるわけですね。

いずれにせよ、理論的に線引きは可能、というのは正しいはずです。

NAN 08-11-22 (土) 22:10

僕は理系さん

>何かを真理だと信じて生きてるような気がします。

「自分はいま、正しい行いをしている」と思うために、必要なのでしょう。

>実は、科学と疑似科学は定義から違うものです。

無論、科学と疑似科学は違います。
違うけれども、それほど単純ではない、と述べているのです。
疑似科学の主張も、反証されるまでは科学的仮説である、ということです。
反証を認めない、誤認や捏造を認めないとき、はじめてそれは疑似科学になる、と私は考えています。
きちんと撤回したり、訂正したり、修正できる主張であるなら、それはただの「却下された理論」でしょう。

>いずれにせよ、理論的に線引きは可能、というのは正しいはずです。

どちらかというと、そうであることを願いたい、と思う立場ですね。
つまり、あまり楽観視(線引き可能と結論)できないだろう、と思っています。

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